Growing Up !
― 春(出会い) ―

「ハァ〜、やっと着いた…」
「これから毎日がこうかと思うとなぁ…」
 今時、珍しい自動改札じゃない無人改札口を口々に文句を言いながら通り過ぎるのは僕と同じ真新しい制服に身を包んだ学生達だ。
(納得して受験したんじゃないの? イヤなら止めれば良かったのに…)
 足早に通り過ぎる彼等を横目に見ながら胸のうちで呟く。
 木のベンチが2つあるだけの待合室を抜けるとネコの額のような広場があって、その前に道が3本延びている。
 中央の緩やかな坂道を10分程かけて上っていくと、いきなり視界が開ける。
 抜けるように青く広がる空をバックに、くすんだ緑の山々が連なっている。
 町中じゃ満開になっている桜も、ここではやっとつぼみが膨らんだだけみたいだ。
 緑が溢れるなんて僕の住んでいる街ではそうそうお目にかかれないだけに、桜の花がなくてもこの景色は絶品だと思う。
 澄んだ空気を胸一杯に吸い込んで大きく深呼吸してみる。
(やっぱり、空気の味も匂いも違う)
 来るたびに感じることを今日も身体中で感じて視線を転じる。
 眼下に広がるのは田んぼと畑。
 野良着姿のおばさんや牛を引いたおじさんが歩いていても違和感なんて感じない。
 日本昔話を地でいくような田園風景のまん中に、メチャクチャ違和感のある白亜の校舎がふんぞり返るように建っている。
 僕が夢と希望に満ちあふれた3年間を過ごす予定の“私立御陵(みささぎ)学園”だ。
 今年で創立3年目。
 僕達、新一年生が入って、やっと3学年が揃う。
 今日がその入学式なのだった。


 そもそも、どうしてこんな所に高校を造ったのか?
 誰もが一度は感じる疑問だろう。入学案内を読んだ僕も思った。
 その答えは。
 創立者が恐ろしくレトロな青春野郎らしく『高校時代というものは身体も心も一番伸びる時期である』と信じて疑わない人間だったということだ。
 色々な誘惑渦巻く都会の雑踏の中では『決して長いとは言えない3年間という青春時代を思い存分楽しく過ごす事ができない』であろうと考えたようだ。
 そうして自分の理想とする学校を造ろうと目をつけたのがこの場所だった。
 片やこの町の町長さんは進むいっぽうの過疎に頭を悩ませていた。学校ができれば活気が戻り町も賑やかさを取り戻すだろう…と考えても仕方のない事だ。
 なんたって駅前には田舎町にありがちな“よろず屋”が一軒あるだけなんて、今の世の中、誰が信じる?
 この辺りに住んでいる人達は不便を感じないのかな? それとも慣れてしまったのか―――。
 まあ学校で必要なものは全て構内にある生協で揃うみたいだから大丈夫ではあるみたいだけど。それにしたって、コンビニもカラオケボックスもゲーセンもファーストフードショップも…今時の若者が欲する要素が何にもないっていうからいっそ見事だ。学校ができて2年も経つのに当時のまま。
 活気を取り戻そうとした町長さんの目論見は見事に大ハズレ、ホント、お気の毒というしかない。
 話を持ちかけた方の理事長は『諸君! 共に青春の汗を思いっきり流そうじゃないか!』とかなんとか、学校説明会で言ってたっけ。
 いったい何時の時代の話だよって感じ。
 場違いな制服の集団がアリの行列のように下っていくこの坂道だって体力づくりの一端を担っているらしい。徒歩通学が基本でバスや自転車の利用は勿論ダメ。ウソかホントか知らないけれど、先生達のマイカー通勤も禁止されているようだ。
 体育館は2個あるし、校庭も恐ろしく広いし食堂(ここではカフェテリアっていうみたい)も立派だし。校舎やその他の施設に至っては最新設備を完備しているってことなのに、遠距離通学者のための寮はないっていう話。
 なんか片手落ちって感じだよね。さっきの嘆きも解らなくはない―――かも。
 とは言え、僕としては不満はない。通学に時間がかかりすぎるっていう点を除いては。
 ハッキリ言って高校なんて、地元と縁が切れるのなら何処でも良かった。
 中学時代にはあんまり良い思い出がない。
 だからターミナル駅から急行(急行が止まるようになったのも学校ができたからだ)で30分もかかり、まして最寄りの駅からも坂道を上って下って…やっとのことでたどり着けるような学校を、わざわざ選んで受験したんだから。
 あっと。自己紹介するのを忘れてた。
 初めまして。僕の名前は有栖川 結(ありすがわ むすぶ)。入学式の10日程前に15歳になったばかり。
 灰色だった中学時代のことは忘れて、今日から始まる高校生活で身も心も大きく成長する予定。
 口々に不満を吐きながら、それでも急ぎ足で坂を下りていく同級生達を横目にのんびりと風景を楽しみながら坂道を下りはじめる。
 余裕をもって出てきたから時間はたっぷりあるのだ。

「オ〜イ。アリス!」
 校門を入ったところにあるロータリーを回ったところで背後からかけられた聞き覚えのある声に、それまで快調に進んでいた歩みがのろくなる。
(この声ってもしかして? …ううん、そんなハズない)
 瞬間、脳裏に浮かんだ顔を打ち消すように頭を振る。それでも消えないイヤ〜な予感を抱えたままで、恐る恐る振り返るとそこには――。
(ビンゴ!)
 僕は内心で頭を抱えた。
 自慢じゃないけどクジ運は悪い方だ。商店街の福引に雑誌の懸賞やクイズ――およそ“当たる”ものには縁のない僕なのに。どうしてこうイヤな予感って当たってしまうのか…。
 情けないため息を吐き出した目に中学時代の学友(んな大したもんじゃないけど)足利 基(あしかが もとい)の見慣れた顔が映る。
 妙にはしゃいだ顔をして、ご丁寧に手まで振って駆けてくる。
(どうしてアイツがここにいるんだよ)
 アイツは公立に進んだんじゃなかったか?
 いろいろな疑問が頭の中を駆け巡る。
 足利とは小学校4年生から中学を卒業するまでの間、実に6年間も同じクラスだったのだ。俗にいう『クサレ縁』というやつだ。その間、なにかとちょっかいをかけてくれた。
 男にしては小柄で、色白の肌と母さん譲りの大きな瞳を持つ僕は全体的に可愛い顔だちをしているらしく、同級生に言わせると“今時の美少年”なのだそうだ。
 反対に足利は程よく日焼けした肌に切れ長の涼し気な目をした、どちらかと言うとイイ男の部類に入る。それに背もそこそこある上に、めちゃくちゃ頭がキレる。
 いつもつるんでいる僕らはメチャクチャ仲良く見えたみたいだ。足利の奴がくっ付いているだけで僕は迷惑していたわけだけど。そんな僕達を好奇心のかたまりのような女子達が見逃すわけがない。
 そいつ等には『怪しい』の『デキてる』のと見えないところで噂され(面と向かって言われなくてもどこからか聞こえてくるし)、噂を聞きつけた男子には『マジデキてんの?』なんて真顔で聞かれる始末。極め付けは中学最後の文化祭で“ベストカップル”なんてモノに選ばれた事だ。
 あ〜あ。思い出すだけで腹が立つ!
「絵になるカップルだよねぇ」とか「想像力かき立てられるぅ〜」なんてうっとり顔で言われてみなよ。
 どんな頭の構造してんのか覗いてみたくなる。イヤ、できるもんならやっていた、きっと。
 足利のちょっかいにも、いい加減腹がたったけれど、慣れてしまえば適当にあしらう事ができた。根が悪い奴じゃないってことは解っていたし、それなりに楽しい事もあったしさ。
 けど「アリスくん〜」なんて聞くもおぞましい猫なで声で、僕よりも遥かにデカイ女子が『親衛隊』だと称して大挙して迫ってきた時にはマジで貞操の危機を感じた。
 何か事が起こる度、赤くなったり青くなったり、真剣に反応する僕を面白そうに眺めて『言いたい奴には言わせとけ』と、足利は卒業まで付きまとってくれた。
 卒業式の日、嬉しさのあまり『これで僕も自由の身だー』って、叫び出したくなるのを押さえるのに苦労した。
(なのに…よりにもよってなんでコイツが―――)
 僕の心の中を見透かしたかのように、隣に並んだ足利は「フフフ…」と薄気味悪く微笑んだ。
「行く予定だった公立にフラれちゃってさ。まさかアリスの進学先がここだったなんて、なんて偶然! よっぽど縁があるんだよな、俺達は!」
 聞きもしないのに『俺達』に妙な力をこめて奴は言った。
(縁なんてなくていい!)
 心の中で力一杯否定の言葉を吐いて、僕は首を傾げた。
 僕ならばいざ知らず、足利ほど頭のイイ奴が公立にフラれるって…落ちるってことがあるのだろうか?
 それに受験会場でも見かけなかった。
 担任が太鼓判を押したってクラスの奴等が噂してたし、聞かれた本人も満更じゃなさそうにうなずいてたのも知っている。
 なんかウラがあるのかも…。
 そう思っても、とんでもない答えが返ってきそうで、恐くて聞けない。
「公立にフラれたなんて…そんな話誰が信じるもんか!」
 俯いて呟いた僕の顔を覗き込んでヤツは人さし指を立て“チッチッチッ”と左右に振ってみせる。
「信じる信じないはアリスの勝手だけどさ。でも“試験は水物”って言うだろ? 何が起こるか解らないんだよ。絶対なんてのは何処にも無いってことさ」
 足利の言うことは良く解る。けれどコイツに限ってそんなことはナイ! って言い切れる。
 担任の太鼓判ってことはもちろんだけど、それ以外にも「わが校始まって以来の秀才だ。彼なら、今すぐにでも大検に合格するだろう」って、ヤツが模擬試験を受けるたびに職員室が盛り上がっていた。
 それくらい頭の良さはハンパじゃないんだから。
 尚もうさん臭い目で睨んでいると足利はニヤリと笑ってシレッと言った。
「二次募集合格組なのよ、俺」
 なるほど。それなら受験会場で見かけなかった事も理解はできる。
 確かに定員割れはしてた。それも当たり前のことではあるけど。
 創立2年で卒業生も送り出していないから進学先だの進学率なんてのには無縁だし、取り柄と言えば『広い校庭と緑豊かな環境プラスお洒落な制服』だけ。
 なのに定員は200人と欲張りで。
 近隣の奴は別として、通学に1時間もかかるような不便な学校に好きこのんで来る奴が僕以外にいるとは思えない。
 思わず納得したくなるけれど。
 でも…それにしても話がうますぎる。
「まあアリスが納得しようとしまいと、なにがどうあれ、俺はここに通う事になった。つまりはそういう事だ。これもなにかの縁だから3年間宜しく頼むよ!」
 誤魔化されないぞと眉間に皺を刻んだ僕の肩を軽く叩くと、入学式の会場になっている第一体育館の方へ悠然と歩いて行く。
「なんで? なんでなんだよ!」
 小さくなる背中をボーゼンと見送っていた僕の口から言葉がポロリとこぼれる。
 誰も知り合いの居ない所で新しく始めたかったのに。
 中学時代なんて引きずりたく無かったのに…。
(神様。僕なんか貴女の気に触るようなことでもしましたか?)
 クリスチャンじゃないけれど。
 胸の前で手を組んで縋るように見上げた空は、憎らしいほどに澄み切っていて、当たり前だけど神様の顔も見えなくて、僕はガックリとうなだれる。
 パンパンに膨らんでいた“希望”という名の風船が音をたててしぼんでいくようだ。
 夢と希望に溢れた高校生活は、始める前だというのに暗雲が立ち込めている。
(いっそ辞めてしまえたら…)
 そうだ! その手があるじゃないか!
 ふいに浮かんだ考えに目の前が開けた感じがする。
 自分で選んだ学校だけど、この際そんなことはどうでもいい。
 兄貴達の顔が浮かんだけれど、背に腹は代えられない。
 頭を下げて高校浪人させてもらうか、それがダメだっていわれたら通信制でもいい。勉強なんて何処でもできるのだから。
 とにかく入学式に出るのは止めだ。
「うん。そうしよう。決めた!」
 拳を握りしめて決意を固めると、僕はクルリと向きを変え校門に向かって歩き出していた。

 ドシン!
 俯いて必死に足を動かしていた僕は、何か大きな壁にぶつかってひっくり返った。とっさのことで庇うことができず、したたか頭を地面にぶつけた。
「…ってえー。何なんだよ一体。今日は厄日なのかなぁ?」
 ノロノロと起き上がり座り込んだままぶつけた後頭部をさすっていると、何やら呟く声が降ってきた。頭に手をあてたまま、声の方に顔を向けると同じ学生服を着た男が手元を見つめてブツブツ言っている。
 デカイ奴だなぁ…(見上げているから余計そう感じたのかもしれないけど)って言うのが第一印象。
 やけに堂々としてるから先輩かもしれない。
 そいつが手にしたものと僕の顔を不思議そうに見比べている。
 よくみると僕のパスケースだった。どうやら転んだ拍子に胸ポケットからこぼれ落ちたみたいだ。
 すいません、と手をさし延ばした時だった、ふいにそいつが声を発した。
「ありすがわ…」
 おっ、中々イイ声してるじゃん。起(はじめ)兄ちゃんには負けるけど、穏やかで気持ちのいい声質だ。
「んー…ゆい?」
 続いた言葉に眉間に皺が寄るのがわかった。キッと睨み付けて「むすぶ!」と声をあげる。
 先輩だろうがなんだろうが構わない。
『間違いはキチンと正さなくてはいけない』とは、起兄ちゃんのセリフだけど本当にそう。とくに大事な名前なんだからキチンと読んでもらわなくては困るんだ。
「えっ?」と首を傾げて、僕を見下ろしたそいつにもう一度、言い聞かせるように、一文字一文字丁寧に発音してみせる。
「“結”とかいて“む・す・ぶ”って読むんだよ。解ったか?」
 小さな僕の迫力に押されたのかそいつは目を丸くして「…わかった」と小さく呟いた。
 両親が付けてくれた名前とは言え、ハッキリ言ってこの字はあんまり好きじゃない。まともに読まれたためしがない。いつもいつも女の子に間違えられ、出席簿でも常に女子の方に入っている。
 ったく! 何を考えてこんな名前にしたんだか(イヤまあ、理由はそれなりにあるんだけど)。一々、訂正するこっちの身にもなって欲しい。
 そんなことを考えながら立ち上がろうとして、隣に同じようなパスケースを見つけた。目の前にいる奴のものらしい。
 制服に付いた汚れを払いながら拾い上げ、パスケースを眺めて思わず絶句。
「えっ…えーっ!」
 間違いかと見直して…間違っていないことを確認すると、その後に襲ってきたのは妙な可笑しさだ。
 このガタイしてるこいつの名前が――これか?
 真新しい定期券に書き込まれていた名前は『後醍 由貴』。しかも15歳…つーことは僕と同じ新入生!
 立ち上がることも忘れて肩を震わせてる僕の手から、ヒョイとパスケースを取り上げると、後醍は乱暴にしかも(失礼なことに)軽々と僕を引っ張り起こしたのだ。
 ―――デカイ!
 立ってみて改めてコイツのデカさに目を見張る。
 僕が166センチちょっとだから、きっと後醍は180センチを軽く超えているだろう。
 ひょっとしたら承(しょう)兄ちゃんよりも背が高いかも…。おまけにグレーの学ランがよく似合っててかっこいい。僕の理想としている“男”そのものだ。
 そいつの名前が――コレ?
「起こしてくれどうもありがとう。えっと、ごだい…ゆき君。あー、ゆうき君?」
 お礼の言葉をきちんと言って、吹き出しそうなのをこらえて確かめるように聞いてみる。すると後醍はホントにイヤそうに顔を歪めた。
 身体つきも顔つきも、どこをどういう風にとっても“男”って雰囲気を漂わせてる奴の名前が“ユキ”だなんて。ウチの親以上にヘンな親かもしれない。
 クックッと忍び笑いを続ける僕の頭を軽く叩き、キチンと訂正した。
「そう書いて“よしき”と読む。俺の名前は後醍 由貴だ。解ったか、ユイちゃん!」
 カチン! ときた。
「結ぶだって教えたろ? 聞いてなかったのかよ、ユキちゃん」
“ユイ”と繰り返す相手に負けじと“ユキ”に力を込めて言い返し、後醍の向こう脛に軽くケリを入れてやろうとしたが、後醍はスルリと躱して反対に僕の頭を押さえ込んだ。
 おっ? デカイわりに意外と反射神経いいじゃんか、転(てん)兄みたいだ。
 んじゃ、遠慮することなんかないよな。
 額に全体重をかけて押し返すけれど後醍はビクともしない。仕方なく叩いてやろうと振り回す手は空しく空をきるばかり。まるでどこかの喜劇を見ているみたいで馬鹿馬鹿しくなってきた。上目遣いに見上げると後醍の奴も笑いを堪えているようで…。
 ハタと目がかち合った瞬間、後醍は堪えきれない様子で吹き出した。
 腹を抱えて大爆笑―――。
 僕の方も急に支えを失ったもんだから勢い余ってつんのめった。でも根性で堪えて一緒に笑った。
 心の底から笑ったのは本当に久しぶりのことで。でもなんにも考えずに笑うってすごく気持ちのいいことだった。
 わだかまってた気持ちがいっぺんに吹き飛んでった感じがした。自分でも単純だなと思ったけど、同級生にコイツがいるなら楽しいかもって気がしたのも事実だ。
 ホント、現金な人間だと思う。これも兄ちゃんズに甘やかされてきた証拠かもしれない。
 そう。僕には兄貴が3人いる。
 順に起(はじめ)26歳、承(しょう)25歳、転(てん)24歳。そして末っ子の僕。
 上の二人は社会人で三番目は大学院に通ってる。
 4人揃って『起・承・転・結』。
 3人男の年子の後、9年振りの妊娠に『今度こそ絶対女の子よ。間違いないわ。名前は“結(ゆい)ちゃん”で決まりね』と意気込んだ母さんは、自分が産み落とした赤ん坊が玉のような男の子だったにも関わらず、自分の希望どおりの名前を無理矢理“むすぶ”と読ませることで完成させたって訳なのだ。
 ひとしきり笑い転げた時「入学式開始15分前」を知らせる校内放送が聞こえた。
 のんびりしていられない。
 僕は目尻に溜まった涙を拭うと後醍を見上げた。
「お互い名前では苦労するよな」
「本当だな。でも俺は結構気に入っているんだけどな」
「えーっ。なんで?」
 意外な返事に思わず声をあげる。
 からかわれたり、虐められたりしなかったのか? と聞くと後醍はシレッと答えた。
「一度教えるだけで覚えてもらえた」
「…その身体ならねそうかもね。名前と外見が違い過ぎる。でも僕はダメだったな…なんど訂正しても“ユイ”の方がピッタリだ! とかなんとか言われて、全然、取り合ってもらえなかった」
 チェッ、自分の顔が恨めしい……。
「後醍くんみたいにカッコよくなりたかったよ」
 初対面の人に何言ってんだか…こんなことばっか考えてるから足利に付きまとわれるんだよなぁ…。
 ブツブツ呟く僕を物珍しそうに見ていた後醍は姿勢を正すと手を差し出した。
「とりあえず、俺は後醍 由貴。改めてこれからヨロシク!」
 慌てて僕も後醍の手を握る。
「有栖川 結です。こちらこそよろしく。中学時代の友達は“アリス”って呼んでた」
 あっ、いけね。調子に乗って自分からバラしちゃった。
「へぇ〜、可愛いんだな」
 何気なく発せられた言葉にムッとする。
「大嫌いなんだよ、そういう風に言われるの。それに可愛いって言うのは、女の子に使う言葉だろ!」
 男としては“可愛い”なんて言われたくない言葉だ。
 僕は“カッコいい男”を目指してるんだ。そう例えて言うなら、目の前にいる後醍のような。
「悪かったな。気に触ったんなら謝るよ、ゴメン」
 自分からふっておきながら大声で否定した僕に、後醍は本当にすまなそうにデカイ身体を折り曲げた。
 驚いた。
 自分の非ではないのに素直に頭を下げられるヤツを見たのは初めてだった。
 だから素直に僕も謝ることにする。元はと言えば自分で捲いた種なのだから。
 イヤなやつだと思われたくない。どうしてだか分からないけれど、後醍にだけは嫌われたくないと思う。
「僕のほうこそ、大声出してごめん」
「いいんだよ」と後醍は爽やかな笑顔を向けてくれる。
「教えてもらわなきゃ分からないことってあるし。それに誰にだって言われてイヤなこと、一つや二つあるもんな。それよりさ…」
 後醍は身体を折り曲げた姿勢のまま、頭だけをあげて僕を見る。
「なんで校門に向かってたんだ。もしかしてフケるつもりだったのか? それとも忘れ物でもしたとか?」
 真直ぐに僕に向けられた、くっきりした凛々しい眉と意志の強そうな黒い瞳。それを見てると悪いことをしたんだなって素直に思える。だって今日初めてあった後醍は、今までの僕の事は知らないんだから。
 彼は僕の求めていた真っ白な自分でつき合っていける友達第一号ってことにはならないだろうか。
 そう考えると、後醍が僕が退学するのを止めてくれたようにも思う。
 そうだよ。
 名前のことも足利のことも。くよくよ考えても仕方がないことだ。なるようにしかならない。深刻ぶって考えてた自分がバカみたいに思えてきた。両方とも今さらって気もする。
 後醍の言う通り「教えてもらわなきゃ分からないこともある」。
 疑問に思っているなら足利に聞いてみればいい。アイツが素直に白状するかどうかは別として。
 イヤなまま逃げ回ってるだけじゃ何も解決しないって事はこれまでの経験で分かっている。
 まずは自分を変えよう。その一歩を後醍がくれた。
 クラブに―――運動部に入って、二度と“カワイイ”なんて言われないように身体を鍛える。
 足利が居ようが居まいが、この3年間をバラ色にするのも灰色にするのも自分次第ってことだ。
 後醍が時計を見ながらソワソワしだした。
「オイ! 有栖川!」
 しびれを切らした後醍が僕の袖を引っ張った。
「フケる訳なんてないだろ? 待ちにまってた入学式なんだから」
 飛び切りの笑顔で後醍に応えと彼もニッコリと笑った。
 スッと背筋をのばし僕の背中を一つ叩いた。
「そうか。じゃあ行こう! 初日から遅刻ってのはカッコ悪いからな」
 うなづく事で後醍に応えて、僕らは肩を並べて第一体育館へと歩き出した。
                                                                     (つづく)